電気化学試験
電気化学試験とは
水溶液中での金属の腐食では、アノード反応(金属がイオンとなって溶解する酸化反応)とカソード反応(水素または酸素の還元反応)とが同時に進行する電気化学反応が起きます。従って、様々な電気化学試験により、腐食原因の解明や防食方法の検討をおこなうことができます。
ここでは、1.アノード・カソード分極曲線測定、2.孔食電位測定、3.腐食すきま再不働態化電位測定(ER)、4.電気化学的再活性化率の測定 (EPR)、5.臨界孔食温度測定(CPT)をご紹介します。
1. アノード・カソード分極曲線測定
金属材料の耐食性は材料の種類(成分、めっき組成)、環境(淡水・海水・、雰囲気)が変化すると耐食性が大きく異なってきます。
目的とする溶液内で対象試料の電位を変化させ、流れるアノード電流・カソード電流を測定し、腐食電流を求めることで耐食性を定量化することが可能となります。
- 測定方法
ある水溶液中において、金属と照合電極との間にポテンショスタットで一定の走査速度で電位を変化させ、流れる電流を測定します。
アノード・カソード分極曲線測定の特徴
- 浸漬試験による評価と比較して短時間で耐食性の評価可能。
- 腐食発生現場のプロセス液あるいは模擬液を用いることで腐食原因を推定可能。
アノード・カソード分極曲線測定の適用分野
- 金属材料の溶解特性の把握。
- 金属材料のある環境下における耐食性評価。
アノード・カソード分極曲線測定の装置構成
サンプル仕様
例)板から20×30mmのサンプルを採取して、表面を湿式#600に仕上げた試験片の一端に銅線を半田付けし、試験部分以外をシリコン樹脂などで被覆。
アノード・カソード分極曲線の測定事例
Znめっき材の耐食性比較
常温、人工海水における3種のZnめっき材のアノード・カソード分極曲線取得例。
下記のアノード・カソード分極曲線から、この環境下での耐食性は、(優)C>B>A(劣)となります。
人工海水中における各種亜鉛めっき鋼材のアノード・カソード分極曲線(常温)
2.孔食電位測定
ステンレス鋼の耐孔食性を評価する方法として、電気化学試験によるものとある溶液に浸漬させておこなうものがあります。ここでは、電気化学試験であるJIS G0577に基づく孔食電位測定による評価を紹介します。
- 測定方法
脱気した試験液中において、ステンレス鋼をアノード方向に分極したときの電流密度が10あるいは100μA/cm2に到達したときの電位を孔食電位とします。
孔食電位測定の特徴
- 浸漬試験による評価と比較して短時間で評価可能。
孔食電位測定の適用分野(用途)
- ステンレス鋼の耐孔食性評価。
孔食電位測定の装置構成
サンプル仕様
例)板から20×30mmのサンプルを採取して、表面を湿式#600に仕上げた試験片の一端に銅線を半田付けし、試験部分以外をシリコン樹脂などで被覆。
孔食電位の測定事例
ステンレス鋼の孔食電位測定事例 JIS G0577
脱気した1mol/L NaCl水溶液中でアノード方向に電位走査して孔食電位を測定します。
液温30°C、1mol/L NaCl水溶液中におけるステンレス鋼のアノード分極曲線
3.腐食すきま再不働態化電位測定(ER)
ステンレス鋼の耐すきま腐食性を評価する方法として、電気化学試験によるものとある溶液に浸漬させるものがあります。ここでは、電気化学試験であるJIS G0592に基づく再不動態化電位測定による評価を紹介します。
- 測定方法
脱気した試験液中においてステンレス鋼を指定電流値までアノード方向に分極し、指定電流値で一定時間保持後、その電位から卑側に10mVずつステップダウンさせたときの電流値の経時変化を求め、電流が上昇傾向を示さないときの電位を求めます。
腐食すきま再不働態化電位測定(ER)の特徴
- 浸漬試験による評価と比較して短時間で耐すきま腐食性の評価が可能。
腐食すきま再不働態化電位測定(ER)の適用分野(用途)
- ステンレス鋼の耐すきま腐食性評価。
腐食すきま再不働態化電位測定の装置構成
サンプル仕様の例1)
例)板から20×50mmのサンプルを採取して、表面を湿式#600に仕上げた試験片の一端に銅線を半田付けし、半田付け部のみシリコン樹脂などで被覆し、評価する鋼種と同じものか、ポリサルフォン樹脂等のすきま形成材を用いて試験片にすきま構造を付与したものを用います
すきま付与試験片の例1)
1)出典 日本産業規格;ステンレス鋼の腐食すきま再不動態化電位測定方法 JIS G0592(2002)
付図2試験片の組み立て図
4.電気化学的再活性化率の測定 (EPR)
ステンレス鋼の鋭敏化(Cr欠乏層)の程度を評価する方法として、電気化学試験によるものとある溶液で沸騰試験によるものとエッチングによるものがあります。いずれの方法も一長一短がありますが、ここでは、電気化学試験であるJIS G0580に基づくによる電気化学的再活性化率の測定を紹介します。
- 測定方法
オーステナイト系ステンレスにおいて、硫酸+チオシアン酸カリウム溶液中で、自然電位からアノード分極させ、活性溶解、不動態化させた後、活性域へ逆掃引させる方法。活性域へ逆掃引する際、Cr欠乏層がある場合、Cr欠乏層上にできる不動態皮膜が、健全な母材部上にできる不動態皮膜より不安定なため、Cr欠乏層を起点とし溶解が生じます。その結果、逆掃引する際の活性域の電流値の大小からCr欠乏の程度を評価できます。
電気化学的再活性化率の測定 (EPR)の特徴
- 浸漬試験による評価と比較して短時間で評価可能。
電気化学的再活性化率の測定 (EPR)の適用分野(用途)
- ステンレス鋼の鋭敏化程度の評価。
電気化学的再活性化率測定 (EPR)の装置構成
サンプル仕様
例)板から20×30mmに採取して、表面を湿式#120以上に仕上げた試験片の一端に銅線を半田付けし、試験面以外をシリコン樹脂などで被覆。
電気化学的再活性化率の測定例
ステンレス鋼の鋭敏化有無材の電気化学的再活性化率の測定例;JIS G0580
JIS G0580に準拠してステンレス鋼の鋭敏化有無材におけるアノード分極曲線を測定。鋭敏化材(右図)では鋭敏化無材(左図)と比較して、活性域へ逆掃引した際の電流値が大きいことがわかります。
JIS G0580による鋭敏化有無材におけるアノード分極曲線
5.臨界孔食温度測定(CPT)
ステンレス鋼の耐孔食性を評価する方法として、電気化学試験によるものと所定の溶液に浸漬させるものがあります。ここでは、電気化学試験であるJIS G0590に基づく臨界孔食温度(CPT)の測定による評価を紹介します。
- 測定方法
脱気された液温25°C、1mol/L NaCl水溶液中で一定電位に保持し、1°C/minの速度で上昇させ、溶液温度ー電流密度曲線を求めながら、アノード電流密度が100μA/cm2に到達した溶液温度(CPT)を求めます。
臨界孔食温度測定(CPT)の特徴
- 浸漬試験法(JIS G0578、ASTM G48)と比較して短時間かつ少ない試験片でCPTが得られます。
臨界孔食温度測定(CPT)の適用分野(用途)
- ステンレス鋼の耐孔食性評価。
臨界孔食温度(CPT)の試験装置
サンプル仕様
- 板から20×30mmのサンプルを採取して、試験片の一端に銅線をはんだ付けし、試験部分以外はシリコン樹脂などで被覆。
臨界孔食温度測定(CPT)の測定事例
SUS326J3Lの臨界孔食温度測定(CPT)例;JIS G0590
1mol/L NaCl溶液中でのSUS329J3Lにおける電流密度の経時変化
関連規格
- JIS G0578 『ステンレス鋼の塩化第二鉄腐食試験方法』
- ASTM G48-A 『Ferric Chloride Pitting Test』
公的規格
【アノード・カソード分極曲線測定】
- ・JIS G0579 『ステンレス鋼のアノード分極曲線測定方法』
【孔食電位の測定】
- ・JIS G0577 『ステンレス鋼の孔食電位測定方法』
【腐食すきま再不働態化電位測定】
- ・JIS G0592 『ステンレス鋼の腐食すきま再不動態化電位測定方法』
【電気化学的再活性化率の測定 】
- ・JIS G0580 『ステンレス鋼の電気化学的再活性化率の測定法』
【臨界孔食温度測定】
- ・JIS G0590 『ステンレス鋼の臨界孔食温度測定方法』
参考技術資料
- FTM-2013 数値シミュレーションによる腐食問題解析~鉄筋のマクロセル腐食解析~
- FTM-2012 めっきボルトの遅れ破壊調査
- FTM-2003 電気化学的手法を用いためっき耐食性評価
- FTM-2004 電気化学的手法による塗膜劣化の定量的評価
- FTM-2002 局所領域のpH測定
- FTM-2001 ステンレスのすきま腐食評価
- TSU-1702 すきま腐食評価法のご紹介
- TSU-1903 めっき腐食反応解析への電気化学手法の適用
関連する技術
関連する分類
水腐食
大気環境
ガス腐食
水素環境
アンモニア腐食
耐候性
現地調査
微生物腐食