’和鉄’再現鋼材「REI‐和‐TETSUⓇ」の共同開発、重要文化財の保存修理適用

当社の文化財の科学的調査・解析技術を活用して竹中工務店と’和鉄'の特徴を引継いだ鋼材「REI‐和‐TETSUⓇ」を共同開発し、実際の重要文化財の保存修理に適用した文化財調査に実施例をご紹介いたします。

和鉄※1を現代技術で再現し、鋼材「REI-和-TETSUⓇ(れいわてつ)」を開発

重要文化財;太宰府天満宮末社志賀社本殿の保存修理に初適用

重要文化財である太宰府天満宮末社志賀社本殿の保存修理工事に、竹中工務店と当社の共同開発鋼材「REI‐和‐TETSUⓇ(れいわてつ)」(特許出願済)製の鋲釘、八双金具が初めて適用されました。
文化財建造物の保存修理工事や伝統木造建築の復元工事では、できる限り往時を継承した技術や材料を用いること※2が求められており、和鉄を材料とする和釘※3や金物類も例外ではありません。日本古来のたたら製鉄法※4で製造した和鉄は、錆びにくく接合が容易であるという特徴を有しており、現代鋼で代替することはできないと言われていました。しかしながら、江戸時代末期まで国内の木造建設に使われていた’和鉄’の特性を現在の技術で再現した「REI‐和‐TETSUⓇ」の開発によって、文化財の保存修理工事への適用が初めて実現しました。

このコンテンツでは、当社の文化財の科学的調査・解析技術を活用して竹中工務店と’和鉄’の特徴を引継いだ鋼材「REI‐和‐TETSUⓇ」を共同開発し、実際の重要文化財の保存修理に適用した文化財調査の実施例をご紹介いたします。

太宰府天満宮末社志賀社本殿の「REI‐和‐TETSUⓇ(れいわてつ)」

太宰府天満宮末社志賀社本殿では、「REI‐和‐TETSUⓇ」で製作した7枚の八双金具と448本の鋲釘を桟唐戸(正面扉)に、7本の力釘を高欄隅部に、9本の鋲を高欄架木にが用いられました。

REI‐和‐TETSUⓇでつくられた金具の製作・取付状況REI‐和‐TETSUⓇでつくられた金具の製作・取付状況

「REI‐和‐TETSUⓇ(れいわてつ)」開発の経緯

「REI-和-TETSUⓇ」は、これまでに培った伝統木造建築の設計・施工に関する知見を元に、2020年1月から2022年12月にかけて企画、開発および活用検討を行いました。
「REI‐和‐TETSUⓇ」は、たたら製鉄法の成熟期である江戸時代を中心とした和鉄の特性を最新の科学技術で分析・評価し、その成分組成を忠実に再現した鋼材です。この開発鋼材は、現代の鋼材に比べて鉄の純度が高く、耐食性および柔軟性に優れた江戸時代の’和鉄’の特性を引き継ぎ、かつ安定供給が可能となります。

今後は、主に文化財建造物の保存修理工事や伝統木造建築の復元工事での活用が期待されます。

調査試料;’和鉄’再現のためにご提供いただいた材料について

’和鉄’を再現するにあたって、東京文化財研究所*1ご協力のもと、文化財建造物保存技術協会*2より、国庫補助事業として近年修理された国指定重要文化財での使用済部材から、江戸時代を中心とした製造年代を特定できる和釘をご提供頂きました。各和釘の由来となる建造物は次の5か所です。

1)阿蘇神社(熊本県)、2)井上家住宅(岡山県)、3)金野諏訪社(長野県)、4)名草神社(兵庫県)、5)榛名神社(群馬県)

※*1;独立行政法人 国立文化財機構 東京文化財研究所 *2;公益財団法人 文化財建造物保存技術協会

’和釘’の特性を再現する材料開発、科学的調査

材料・腐食・製鋼・分析の専門家からなるプロジェクトチームを結成し、入手した和釘の成分組成を原料や製造方法の新たな視点から詳細に評価分析しました。調査に用いた分析事例を下記に紹介いたします。

1.’和釘’の成分調査

和釘の特性発現に影響を与える含有成分を調査するため、含有元素およびその含有量を詳細に分析調査しました。約70元素の分析は、高精度かつ多元素分析が可能な誘導結合プラズマ発光分光分析(ICP-AES)を適用しました。また炭素(C)、硫黄(S)、酸素(O)、窒素(N)は金属を溶解させて、ガスとして検知する各種ガス成分分析を適用しました。各分析法の詳細は、下線部をクリックしてご参照ください。

・成分調査の結果

分析の結果、原料からの随伴元素と思われる微量の約18元素の存在が確認されました。高炉-転炉法による現代鋼と比して、マンガン(Mn)、硫黄(S)が低値で、酸素(O)、りん(P)、ニッケル(Ni)、コバルト(Co)が高値であることが判りました。また、炭素(C)、酸素(O)は、部位によるバラつきが大きいことが判りました。阿蘇神社で使用されていた和釘の炭素量は、過去に例のない0.004~0.008wt%と極低炭素であることが初めて判りました。
当時の鍛冶職人が丁寧に目的に合わせて、炭素量を下げた可能性があり、大変興味深い知見が得られました。

2.’和釘’の金属組織調査

金属組織の観察を行うことにより、素材成分あるいは製造条件による造り分けを把握することができます。ご提供いただいた和釘を切断し、和釘断面を露出した後、エッチング液という腐食液でその表面を少し粗した後、金属組織観察を行いました。

・金属組織観察の結果

先行研究では、フェライト+パーライト組織で炭素濃度の異なる混相であると報告されていましたが、今回の調査で、ベイナイト組織を有する和釘が発見されました。このベイナイト組織は、同じ炭素濃度でも急冷により生成される組織であり、パーライト組織よりも硬くなります。
名草神社の本殿使用和釘で確認されたベイナイト組織写真を図1に示します。

図1 名草神社の本殿使用和釘のベイナイト組織
図1 名草神社の本殿使用和釘のベイナイト組織


金属組織観察(ミクロ組織観察)の解説はこちらをご参照ください。

3.和釘の耐食性評価試験(電気化学試験)

鉄は、酸化鉄の状態である鉄鉱石を還元し、金属状態の”鉄”とする製鉄工程を経て、それを加工して和釘等の’もの’として活用されます。しかし、この金属”鉄”は水と酸素の存在により、容易に「酸化鉄」に戻ろうとし、この現象を腐食と言います。腐食は電気化学的なイオン化反応によるものなので、耐食性の評価試験は、暴露試験(屋外にて放置する試験)以外に、電気化学試験を用いることがあります。

次に、今回調査に用いた和釘の表面に存在している酸化皮膜の耐食性に関し、電気化学試験にて評価した例をご紹介いたします。

・耐食性評価の結果

図2に、各神社の和釘によるNaCl中でのアノード分極曲線を示します。アノードは電子を放出し腐食する側になります。アノード分極の曲線の電位が高くなるにつれ、貴になると言い、酸化皮膜が強固になっていることを示します。もう少し分かり易くするため図3に、横軸に建設年(2020年から換算した経過年)、縦軸に電位として各神社の電位をプロットしました。

これらの電気化学試験の結果、表面を覆う酸化皮膜が使用年数と共に、強固な酸化皮膜を形成し、内部の”鉄”を保護して、さらなる腐食の進行を押さえていることが分かりました。また、含有する極微量のニッケル等が耐食性に影響することも明らかとなりました

図2 酸化皮膜の評価
図2 酸化皮膜の評価
図3 江戸時代を中心とした和釘の使用年数と耐食性の関係
図3 江戸時代を中心とした和釘の使用年数と耐食性の関係

電気化学試験の解説はこちらをご参照ください。

4.材料の試作(和鉄の再現・製造・材質評価)

上述1から3の調査結果を踏まえ、当社の強みである材料の試作に取り組みました。
当社では実験規模で溶解が可能で、5kg、30kg、50kg、150kg等の溶解炉を有しています。今回は、特徴ある元素が寄与する材料の特性を把握するため、各種溶解炉を用いて、組成を変えた材料を試作しました。

・試作材料の耐食性評価

上述の「1.’和釘’の成分調査」で判ったりん、ニッケル、コバルトを添加した試作材を鍛冶職人による熱間鍛造により’和釘’として加工し評価試料としました。耐食性評価で適用した腐食促進試験では、木中での和釘使用を想定した木抽出模擬液を用いました。

その結果、添加量増加に従い耐食性の向上が確認され、これら元素の添加が有効であることが分かりました。
これらの知見を総合して、今回の「REI-和-TETSUⓇ」の開発へとつなげることができました。

材料試作の解説はこちらをご参照ください。

今後の展開

再現したい材料の詳細な科学的調査とその評価から、材料を設計・試作し、試作材料の評価までの一連の取り組みにより、今回の「REI-和-TETSUⓇ」の開発へとつながりました。今後は、この現代製鋼・転炉法で再現された「REI-和-TETSUⓇ」が文化財建造物の保存修理工事や伝統木造建築の復元工事での活用され、さらに近現代建築に広めることが期待されます。

今回採用した評価分析技術を通じて鉄の多様な魅力を社会に発信することにより、日本の建築文化と伝統技術の継承および持続可能な社会の実現に貢献してまいります。

~太宰府天満宮様のコメント~

此度、竹中工務店様と日鉄テクノロジー様により開発されたREI-和-TETSUという画期的な素材の初の採用場所として、太宰府天満宮末社志賀社を選定いただいたことを光栄に存じます。現代において、木造建造物の維持管理は、ますます困難になっております。そのような状況下で、伝統とテクノロジーの融合を経て生まれた新技術により、建物をより良い形で未来へ引き継いでいけることは、とても有意義なことです。このREI-和-TETSUが、今後様々な文化財建造物保存において、大いに活用されることを心より願っております。

出典

<注釈>

※1和鉄:砂鉄と木炭を原料にたたら製鉄法によって得られた銑(ずく)・鋼・鉄の総称。
※2  ICOMOS(International Council on Monuments and Sites国際記念物遺跡会議)「歴史的木造建造物保存のための原則」(1999)に従うこととされており、同樹種・同品質・同技術での修理が原則要件。
※3 和釘:軸全体が角錐状で一本一本手で叩いて作られる鍛造釘。
※4 たたら製鉄法:日本において古代から近世にかけて発展した製鉄法で、砂鉄や鉄鉱石を粘土製の炉で木炭を用いて比較的低温で還元する。純度の高い鉄を生産できる。

分析調査方法

多種多様な対象品に対し、調査目的にあった分析装置、手法を選択して調査いたします。
非破壊分析、微小試料、サンプリングについてもご相談ください。

  1. 成分組成を調査する方法:化学分析;ICP-AES、ICP-MS、GC-MS、蛍光X線、EPMA、EDS、IR等
  2. 化合物形態を調査する方法:X線回折(XRD)、XPS、ラマン分光等
  3. 局所的元素分布を調査する方法:EPMA、EDS、AES等
  4. 形態、構造、金属組織を調査する方法:X線CT、X線透視、SEM、三次元計測、光学顕微鏡等
  5. 含鉛試料の原料の産地を推定する方法:鉛同位体比分析

参考技術資料

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