ラマン分光分析(化学種同定および構造分布の可視化)
AMM-1803
1.ラマン分光分析の特徴

物質に光を照射すると、反射・屈折・吸収などのほかに散乱と呼ばれる現象が起こります。この散乱光には入射光と同じ波長のレイリー散乱(弾性散乱)、分子振動により入射光とは異なる波長に散乱されたラマン散乱(非弾性散乱)がありますが、ラマン分光法ではラマン散乱光を分析することにより、物質の種類や結晶の状態などを把握することができる分析手法です。
2.装置仕様

レーザーラマン分光装置 (RAMAN)
HORIBA製 | LabRAM HR Evorution |
---|---|
焦点距離 | 800mm |
Laser | 458, 532, 633, 785nm |
回折格子 | 300, 600, 1800, 2400gr/mm |
分析領域 | 2μmφ~1mm□ |
試料サイズ | 50×50×30mmtまで (500g以下) |
付帯機能 |
・局所多点2D3D高速スペクトルマッピング |
3.分析法の比較(ラマン,XRD,EPMA)
ラマン分光法と一般的な物理分析法との特徴を下表に示します。
ラマン分光法はスペクトルパターンから物質を同定するという主目的においてX線回折(XRD)と類似する点が多いですが、マッピングによりその分布状況をイメージ像として可視化できる事が大きな特徴となっています。
また、可視レーザー光が吸収されない透明な物質越しに分析する事ができるため、ガラス窓で隔てたセル中に模擬実験環境(ガス液中を問わない)を再現したin-situ分析にも容易に対応できる点も、他の分析装置に対する特徴のひとつとなっています。
物理分析法の比較
分析法 | ラマン分光(Raman) | X線回折(XRD) | 電子線マイクロアナライザ(EPMA) | |
---|---|---|---|---|
光源 | 可視レーザー光 | X線 | 電子線 | |
視野 | 1μmΦ~10mm口 | 50μmΦ~20mm口 | 0.1μmΦ~1mm口 | |
情報深さ | 0.1μm~1μm | ≧1mm | ≧1μm | |
前処理 | 不要 | 不要 | 必要 | |
分析 | 元素定性 | × | × | 〇 |
物質同定 | 〇 | 〇 | × | |
定量分析 | × | △ | 〇 | |
マッピング | 〇 | × | 〇 | |
結晶性評価 | △ | 〇 | × | |
集合組織 | × | 〇 | × | |
その場分析 | 〇 | △ | × |
4.評価例;Ni添加耐候性鋼のさび断面
耐候性鋼はP, Cr, Ni, Cuなどの大気腐食抑制元素を少量添加した低合金鋼の総称です。普通鋼と比較して2倍以上の大気腐食抵抗性を有するため、無塗装で使用できる構造用材料として国内外で広く用いられています。
中でもNiを添加した耐候性鋼は従来のJIS耐候性鋼に対し耐塩分特性を高めた新しい鋼材です。
用途例) 海浜地区の橋梁等

5.測定事例;海浜地区曝露試験材断面のラマンマッピング分析による評価
耐候性鋼に常温、大気環境中で生成するさび成分は、オキシ水酸化鉄の種類であるα-FeOOH(ゲーサイト)β-FeOOH(アカガネイト), γ-FeOOH(レピドクロサイト)と、Fe3O4(マグネタイト)から出来ていると言われています。この中でβ-FeOOHは通常の大気腐食において時間経過で生成する事はなく、海浜地域等において塩分の関与により生成される保護性の乏しいポーラスなさび層です。ラマンによるスペクトルマッピング分析により分析領域内に存在している上記4種のさびを同定し、面内分布を描画しました。この結果では、さび層を分断するクラック周辺部にはβ-FeOOHが観察されていますが、母材との界面付近には添加元素を含むスピネル酸化物が安定さび層として生成しています。Ni添加耐候性鋼ではこのスピネル酸化物部分において塩分中のNaが濃縮し、母材付近をアルカリ化する事により腐食速度を低減すると考えられています。

これまでは、さび中における各々成分の位置関係を把握するために、主に鋼材に添加された元素やCIの断面分布図を頼りに存在位置の推察を行ってきました。ラマン分光では、さび断面のマッピング分析により、さびの種類を直接識別して分布状況を可視化する事が出来るため、腐食状況の把握による腐食防食メカニズムの解明と、更なる機能向上を求めた製品開発の一助となる事が期待されています。